【開かれた階段と、くたびれたサンダル】

Vol.06 サトコとツヨシ 　お湯が沸いた。やかんがしゅーしゅー、息を吐き出してる。 　サトコが、コンロを止めに走った。 　戻って来て再び医学書を広げるサトコの太ももに、ツヨシが頭を乗せ直した。 窓の外の電柱を通りぬけた風が、ピウッと鳴った。 「傷つけられないようにつっぱらかって自分を守りきる強さと、どんなに傷ついても 馬鹿みたいにヘラヘラ笑っていられる強さと、一体どっちが強いんだろう」 　壁のシミを見つめながら、ツヨシが言った。 「わかんないよ、そんなこと」 　サトコは、医学書に目を通しながら、つぶやいた。 　夜が窓から入って来て、ツヨシの足首をつかんだまま行き倒れていた。 　ツヨシは、夜のことを許してあげたいと思った。 　どうしようもなく独りぼっちで、心臓の場所がよくわからないので、ツヨシ はサトコのセーターの下に手を潜り込ませ、乳房に触れることにした。指の腹 で乳首をころがしていたら、かたくなった。 　一生懸命に本を読みながら、サトコはやかんみたいな息をしていて、頬を赤 く染めていた。 　サトコの勉強を邪魔しないようにと思って、それでやめた。 　賢くなりたい。それはツヨシだって同じだった。だけど、努力せずにある日 突然賢くなった方が絶対カッコイイのに、って思った。他人の偉業をなぞるん じゃなくて、何もないところからぽっくり生まれてくるのが、いいんだ。ツヨ シはそう考えて、今夜も何もしない。